<< 2007年02月
1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728

たかがガンダム、されどガンダム

2007/02/10 10:10

 

劇場版「銀河鉄道999」をMacintoshに例えると、Windowsにあたる「機動戦士ガンダム」(俗称“ファースト”)。生みの親である安彦良和が「お粗末な作品」と扱き下ろした。この辺りが彼らしいのだが、お粗末なのは当たり前。富野由悠季だって同じことを言っているし、この20年の間にファンから散々言い尽くされている「お粗末さ」。何を今さらいわんや-(インタビューした記者がガンダムを知らない世代では?)。



(アニメ技術論はさておき)“ファースト”なんて所詮、数々の妥協を礎に生まれた偶然の産物だ。偶然ゆえに「お粗末」でも「エポックメイキング」となった。その影響下の現在では、当時の「時代背景」と「“ファースト”のクビキ」を理解できる人は少ないかもしれない。ましては“平成生まれ”が社会人となる時代だ。

ガンダムといえば、まず「ガンプラ」。よく言われることだが、松本零士の「宇宙戦艦ヤマト」が、映画館に並ぶ徹夜組を誕生させたように、ガンプラも、当時の小中学生をのめり込ませ、あげくには学校で授業の合間でも(接着剤と塗装の)シンナー臭が漂ったほどだ。だがそれは“ファースト”の特異性ではない。

“ファースト”がエポックメイキングなのは、「ニュータイプ」「悩める主人公」を描いた点である。それまでのアニメにも“超能力”“傷つく主人公”という設定は少なからずあったのだが、それを「人類の革新」(ジオン・ダイクン)という大風呂敷のもと、視聴者である小中学生に親近感を持たせることに初めて成功した。

安彦の言う【大人でも、子供でもない若者層をターゲットにしたヒューマンなテーマを描く領域を切り開いたことが要因だと思います】という部分がそれである。

いくらおつむの弱い「ガキ」であっても、無敵の主人公に自分を重ね続ければ、その欺瞞に気づいてしまう。だれだって等身大の主人公を欲している。玩具メーカーが考えるよりも「ガキ」どもの思考回路は大人なのだが、そのことに大人は誰も気づかなかった。いや、気づかないふりをしていた。アニメ業界もしかり。公務員でなくとも「前例踏襲・無責任」というのが日本的体質らしい。その常識を富野・安彦らがガンダムで崩した。まさにコロンブスの卵だが、当時の苦労話も、富野が幾度も言及している。

アニメをめぐる世代交代。共産主義シンパの「団塊の世代」が押し付けた70年代的な「正義は勝つ!」価値観に対し、団塊ジュニアがNO!と言い出した“シュールリアリズム”の象徴がガンダムである。80年代といえば、セゾングループ的「おいしい生活」、フジテレビ的「軽チャー路線」といった、良くも悪くも現実主義の時代で、後に“バブル時代”と評されるのだが、そのバブルガンダム自身も巻き込まれ、ZやZZといった「劣化コピー」を続けたことは皮肉だ。

成功体験に埋没し、劣化コピーを続け敗戦を迎える。半世紀前の悪しきゼロ戦の伝統がアニメ界でも生きているわけだが、それを打破するために新世紀エヴァンゲリオンを必要とした、というのもさらに皮肉だ。

(もちろん、“アニメじゃない”ZZよりはZの方が、幾分ましだ。ただ、同じ劣化コピーなら、両ZよりはSEED&DESTINYの方が描き切ることに成功している)

結局は、アニメ全盛期だった「輝ける80年代」に「アムロ」「カミーユ」となって、“ファースト”などと共時的に過ごしていなければ、ガンダムどころか“ジャパニメーション”(=いつ、こんな表現が生まれたのだ?)を語ることはできない、と思うのだが。

カテゴリ: エンタメ  > コミック・アニメ    フォルダ: 世代論

コメント(2)  |  トラックバック(0)

 
 
このブログエントリのトラックバック用URL:

http://editor.iza.ne.jp/blog/trackback/115162

コメント(2)

コメントを書く場合はログインしてください。

 

2007/02/10 12:35

Commented by - さん

>劇場版「銀河鉄道999」をMacintoshに例えると、Windowsにあたる「機動戦士ガンダム

これは!・・・言い得て妙ですね。

じゃあ、イデオンはWindows Meですねw

 
 

2007/02/12 09:30

Commented by 副編集長★ さん

ややや、「mizo」さん、光栄ですね、こんにちわ(笑)。

>じゃあ、イデオンはWindows Meですねw

イデオンに失礼ですよ。あんな史上最悪のOSと比べるなんて。

しかし、“ファースト”を懐かしく思うのは、私たちが年老いたせいなんでしょうねぇ。

60ー70年代の青臭さで満ちた日本社会を10代の少年に置き換えると、80ー90年代は悩みを抱えながら(国際)社会人となった20代の青年だったかもしれません。

まあ、そうなると、2000年以降は、“中年国家ニッポン”となってしまいますが(苦笑)、だからこそ懐かしい、と独り勝手に振り返っています。

(さすがはイザ!で一番のリンク乞食、いやコメンテーターである「mizo」さん。なんだか、うまく絡みとられて、ペースに嵌められているような気が。。。)

 
 
トラックバック(0)